山谷拓志、2年目の挑戦の結果は【インタビュー】
Text by 大友信彦(静岡ブルーレヴズオフィシャルライター)
Photo by 静岡ブルーレヴズ /谷本 結利(静岡ブルーレヴズ オフィシャルフォトグラファー)
静岡から世界を魅了するラグビークラブを創る――壮大な目標を掲げ、日本で最初のプロフェッショナルラグビークラブとして発足した静岡ブルーレヴズが2年目のシーズンを終えた。山谷拓志社長に、2年目のシーズン総括を聞いた。
――静岡ブルーレヴズは2年目のシーズン、最終順位は8位で終了しました。
「1年目と順位は同じ8位。『真ん中の下』という位置のままでした。これは決して望んだ状況ではありません。ただ、その中でも成長はあったという手応えはあります。負けた試合も接戦が多く、1トライ5点差以内の負けは3試合、引き分けも2試合あった。たらればですが、それらの試合に勝ち切れていたら全く違う順位でした。特にシーズン後半は、スクラムやセットプレーで優位に立つレヴズスタイルを確立して、過去4シーズン無敗だった埼玉ワイルドナイツを破ることもできた。ただ、結果は8位。ヤマハ発動機ジュビロとして戦った最後のシーズン、8強入りを逃したトップリーグ最後の2020-2021年からの低迷が続いているといわれればその通りです」
――低迷の理由はどう捉えていますか?
「いろいろな要素があると思います。前監督の清宮さんが2019年に退任してから堀川さんが監督・ヘッドコーチとして指揮を執っていますが、大田尾さん、山村さん、五郎丸さんといった長年ジュビロを支えた主力選手が徐々に引退して、選手リクルート面でアグレッシブにいけなかった感がある。
制約もあります。私たちは株式会社なので、リクルートにあたってもコストパフォーマンスを考えなければいけない。その上で『こういう選手を採りたい』というこだわりもある。その結果、カテゴリーCのビッグネームや、カテゴリーAの(日本代表資格を持つ)外国籍選手の獲得で出遅れた面もあります。
チーム作りの面でも、これまでのレヴズスタイルを大事にしながら新しいことにも取り組もうとして、混乱してしまった面もあったと思います。
私自身、就任最初のシーズンであった昨季は社長になる前に人事が決まっていたので、強化の部分については判断できなかったのですが、今季は社長就任2年目で、強化部長も兼任する形でシーズンに臨みました。でも昨季と同じ課題が残ってしまった。成長していることは垣間見えたけれど、プレシーズンの取り組みとシーズンに入ってからの方針に変化があって、選手も混乱した部分があったんじゃないか。ケガ人がたくさん出たので仕方ない面もあったと思うけれど、ならケガ人が多かったのはなぜなのか、そこも『仕方ない』で済ませないようにしないといけない」
――いろいろな要因がからみあいますね。
「団体スポーツチームのパフォーマンスは、シンプルに考えれば選手個々の能力の総和で決まると言えます。バスケットボールは1チーム5人だから、1人の比重が大きい。能力の高い選手が1人入ればチームは劇的に変わる。それに対してラグビーは人数も多いし、1人の選手がチームに与えられる影響力、インパクトは他の競技ほど大きくない。それに能力の総和が高くてもそれが発揮されなければ、順位が低迷することもある。ここが難しくて面白いところです。代表クラスの人数、能力、経験値などで劣っていても、チームの作り方次第で十分戦える。私自身、アメフトでもバスケットでも、タレント揃いのチームを破って優勝した経験がありますし、ラグビーでも可能性は十分あると思います。相手の100ある力を70に抑えて、こちらは80であっても80の力を出し切れば勝てる。弱者の理論かもしれませんが『桶狭間』の発想ですね」
――実際、今季もそういう戦いを何度もできていたと思います。でも、それをコンスタントには出せなかった。
「下馬評の低い側が勝利するための前提は、力が80しかないとしてもそれを100%出し切ること。そのためには、戦術面が選手にとってクリアになっていて、フィールドで迷いなく判断できる状態になっていること、そしてケガをしていないなどコンディションが万全であることです。今季、終盤は主力選手が4-5人出ていない状況になっていた。これは致命的です。選手個々の努力で予防できる部分もあるけれど、マネジメント側の責任もある。
一方で編成の問題もあります。ヤマハ時代から、予算の制約でビッグネームの獲得では他チームに後れをとっていましたが、ここにはチャレンジしてみたい。というのも、企業チームは予算ありきで、予算を割いてもらわないと選手獲得に動けないけれど、プロチームであれば投資と考えることができます。優れた選手を獲得して、観客も増えてチームの価値があがり、収益が上がれば次年度以降に黒字化できて事業を継続できる。だからスタッフには『必要な選手がいれば、まずお金の心配よりも候補としてテーブルに出してくれ。何とかやりくりできないか考えてみるから』と言っています」
――リクルートの面では、新人のジョーンズリチャード剛、アーリーエントリーの家村健太、槇瑛人と若い選手の活躍が目立ちました。いわゆる大学のスター選手ではなくても、渋い補強、いい補強と評価する声も多いです。
「スカウト担当の西内勇人君が熱心に大学を回って、選手とコミュニケーションを取って、良い仕事をしてくれています。我々のチームのビジョンを伝えて、どんな選手を求めているのか、どんな将来を描いているのかを説明して、興味を持ってくれる選手が増えて、我々のチームに相応しい良い選手に来てもらえていると感じます。家村選手は実際にアーリーエントリーで活躍てくれましたしね」
――リーグワンになって以降、各チームの大型補強が活発になっています。日本人やカテゴリーAの外国出身選手にプロ契約を希望する選手も増えています。
「静岡ブルーレヴズでは、日本人選手はヤマハ発動機の社員選手として採用するのを基本としています。これは、有能な社員としてラグビー選手が評価されているからで、人財確保の重要な手段として認識してもらっています。ただ、選手がプロとしての活動を希望している場合はそれも検討していきます。また、社員選手であっても、ラグビーでの活動実績が給与面でも評価されるような制度を作ろうとしているところです」
――営業面では2季目の結果はいかがでしたか?
「ホストゲームの平均観客数は昨季の3,620人から5,350人へ、チケット収入は約7,000万円から1億円弱へ、それぞれ1.5倍くらい増えました。スポンサーについては129社から150社に1.2倍くらい増えましたが、売り上げ自体は横ばい。ここは少し伸び悩みました。
成果が上がったのはファンクラブで、無料登録を含めて会員数は1.5倍、売り上げは昨季の1.7倍の約2,000万円となりました。グッズ販売も、昨季の2,700万円から3,500万円に、こちらも1.3倍に伸びています。グッズに関しては社内にデザイナーがいるので、外注せずに企画できることがメリットになっています。ファンのニーズを汲み取って、すぐ商品化に反映できる。Tシャツにプリントできる機械も自前で備えたので、試作品を複数出して、ファンのみなさんの反応を見ながら売れ筋の商品を探ることもできる。
売り場を増やした効果もありました。12月のホスト開幕戦のときはヤマハスタジアムに1カ所しかブースがなかったのですが、その結果、ブースを見つけずに素通りするお客さんも多かった。最終戦ではグッズ売り場のブースを2カ所に増やした結果、売り上げも大きく伸びました。開幕戦は観客9,443人で売り上げが200万円、最終戦は観客12,203人と1.2倍で、売り上げが500万と2.5倍に増えました」
――ファンサービスの対応の素早さがポイントですね。
「毎試合、アンケートを採っています。けっこう厳しいご意見もいただいています。でも厳しい意見こそ宝物。意見があっても言ってくれないことが最悪です。それらの意見を踏まえてそれぞれの担当ができることから改善に取り組んでいます。たとえば、応援呼びかけのアナウンスや、大型ビジョンへのメッセージの出し方も、アンケートのご意見を参考にして少しずつ変えています。応援の呼びかけがホーム偏重じゃないかという声もいただきますが、ホーム&アウェーで対戦するシステムですし、相手へのリスペクトは大前提とした上で、ホーム色も出していきたい、ファンがホームチームを応援する熱を持ったスタジアムにしたいと、シーズンを通して試行錯誤してきました。スクラムを組むときのエンジン音はホストゲームの定番になってきたし、スタジアムみんなで『シ・ズ・オ・カ!』と叫ぶのもリズムが出て盛り上がる。ホームのファンが感情移入して応援できる空気を作りたいです」
――ヤマハスタジアムで観客の中で観戦すると、子どもや子連れママの間で、選手の名前が浸透しているなという印象をうけます。学校や幼稚園を巡回してのラグビー体験やアカデミーなどの普及活動の成果なんだろうなと感じました。
「今季は普及活動を昨季の1.7倍行いました。ヤマハ発動機ジュビロ時代から継続してきた地域貢献活動の成果だと思います。これは静岡県のプロジェクトで派遣要請がくるケースが多く、昨年1年間で200回近く出動しました。私たちとしても、社会貢献であると同時に、スクールに入会してもらい、試合を見に来たいと思ってもらうための、ビジネス的にも重要な活動と位置づけています。普及活動から個人的な推しの選手を見つけてもらって、そこから選手の応援タオルやグッズ購入に進んでいただけたらありがたいです」
――山谷社長は就任時に「10年後には売り上げ50億、ラグビークラブとして世界一の売り上げ規模を目指す」と目標を掲げました。今の状況はいかがでしょうか?
「全体の額の詳細は公表していないのですが、公表している部分では初年度からチケット販売が1.5倍、ファンクラブが1.7倍、グッズが1.3倍に増えています。ざっくり言って10年後(2032-33シーズン)に50億を達成するためには、5年後(2027-28シーズン)には30億を達成するのが目安になると思いますが、現在はその2/3くらいをうろうろしているところです。
50億という目標は、現行のフォーマットでは我々の努力だけでは達成できない数字です。リーグワンの試合数が増えることだったり、2035年のW杯日本招致が成功するかどうか、そしてチケットの単価を上げられるようなスタジアムを確保できるかどうかが重要になる。リーグの改革や環境の変化とセットで考える必要があります。
いずれにしても、平均観客数8,000人はいち早く達成しないといけない目標ですし、チームの強化も着実に進めて、3年以内に日本一と5年後の売り上げ30億の目標を達成したい」
――手応えは十分に感じているような口ぶりですね。
「今、やらなければいけない当面の目標は、ヤマハ発動機からの支援以外に10億円の売上を作ることですが、十分可能だと思っています。というのも、静岡という土地にはやはり大きなポテンシャルがある。上場企業も多く、もの作りも盛んな地域で物流も多い。県内メディアも揃っていて、県のスポーツチームの活動を露出してくれます」
――ブルーレヴズはフロントスタッフを公募したことも話題になりました。
「事業部門の成長に向けては人件費がかかりますが、それは未来への投資だと考えています。今投資しておかないと、強くなったときに、そこで得られるはずの果実を得られない結果になる」
――五郎丸CRO(クラブ・リレーション・オフィサー)の貢献については?
「彼の活躍はこの2年間、大きかったと思います。ひとつは、CROという肩書きの通り、チームを知ってもらうための接点を増やす、ファンやスポンサーに注目してもらうことに貢献してくれた。
実務的にはチケッティングとファンクラブの担当として頑張ってくれました。秩父宮ナイターの横浜キヤノンイーグルス戦のときは浜松でパブリックビューイングを企画したのですが、1万円という高額にも関わらず大盛況でした。ファンクラブの責任者として『レヴフェス(ファン感謝祭)』の企画もいろいろ考えてくれました。
もうひとつは彼自身がタレント活動、講演活動などで、クラブの知名度を高めてくれました。大学院に通いながら、時間的な制約もある中で、本当によく貢献してくれました」
――これからの野望というか、妄想段階でも構いませんので、何か考えていることがあれば聞かせていただけますか?
「ブルーレヴズのファンクラブの会員がどこにお住まいかを調べると、一番多いのは浜松市なんですね。次いで磐田市、静岡市となる。これは自治体の人口規模もあるのですが、事実として浜松市在住のファンが多い。現状では浜松市から磐田やエコパの試合に来ていただいている方が多いということなんですね。
浜松市は人口80万人の大都市なんです。これはアメリカでいえばサンフランシスコと同規模で、そこにはサンフランシスコ・ジャイアンツ(MLB)とサンフランシスコ・49ers(NFL)いう300-400億円規模のチームがふたつもある。人口70万のデンバーには野球とアメフト、バスケットとアイスホッケの4つプロチームが揃っている。しかし浜松にはプロ野球やJリーグといったトップレベルのプロスポーツチームがないんですね(ジュビロ磐田がホームタウンを浜松市にも広げているが)。私が調べたところでは国内の政令指定都市で、野球、サッカー、バスケットのトップカテゴリーのプロチームが8割以上のホームゲームを行う本拠地としていないのは浜松市と堺市だけなんです。浜松にはホンダ、スズキ、ヤマハという自動車・二輪車メーカーが拠点を置いているし、音楽の町でもある。東西との交通の便も良い。エンターテインメントとしてプロスポーツチームが発展するポテンシャルはめちゃくちゃ高い。ブルーレヴズ選手の練習拠点を磐田から変えるつもりはないけれど、プロスポーツチームとしてより利益を上げられるスタジアムがもし浜松に作られる可能性があるなら積極的に検討したい。私たち静岡ブルーレヴズは『静岡県全域をホストエリア』とするチームですから」
――最後に、社長としてご自身の評価、自己採点をするとどんな点数をつけられますか?
「いやあ、それは難しいですね…事業面はいろいろと伸びていると思うけれど、目標の観客数には届いていない。目標を高めに設定したこと、コロナの影響、チームの成績が伸び悩んでいること、いろいろな要素もあるけど、それを含めて考えると、60点くらいかな。ギリギリ及第点はつけてもいいけれど、まだまだ足りない。僕自身せっかちな性格なので、もっと早く結果が欲しい。最後のトヨタヴェルブリッツに勝っていれば6位だったわけだし、序盤戦の接戦ももっと何とかならなかったかと悔やまれる部分もあります」
――難しい質問で恐縮です、クラブ経営者として、言葉遣い、現場のコーチングへの距離感は難しいところがあると思います。
「経営者が現場にタッチしちゃいけないとは思いません。ファンの皆様やスポンサー様から大切なお金をお預かりしている立場ですから、そのお金をちゃんと結果に結びつけられる使い方をする責任はある。まして今季は強化部長も兼務していますから。ただし、ひとつひとつの試合での選手起用とか采配とか、そういう細かいところにいちいち口を出すのはあまり良くないと思います」
――社長として、手応えを感じる部分もありますか?
「スポンサー様へのシーズン報告のあいさつなどで選手と同席することがよくあるのですが、選手たちは想像以上に自分たちがプロチームの一員であることを自覚しているなと感じます。選手の多くはヤマハ発動機の社員選手としてオフシーズンは通常勤務をしていて、企業チーム時代と変わっていない部分もあるのですが、今はスポンサー様やファンクラブ会員様からお金をいただいて活動しているんだ、応援している人たちから給料をいただいていると自覚している選手が多いと感じています。『応援してもらっている』と感謝するだけではなく、事実としてスポンサー様やファンの皆様のおかげで自分たちのチームが成立している、自分は給料をもらっていると理解することはとても大事なことです」
――日野剛志選手の企画した「ひのたけシート」も、プロスポーツ選手の価値を踏まえた良い試みでした。
「選手自身がラグビーの価値、ブルーレヴズの価値を高めて、その価値を還元しようと取り組んでいることは素晴らしいと思います。プロスポーツの選手というのはスペシャルな存在で、選手が取り組むから発信力が高まる。
本当に、ファンサービスというのは大切。普段からサインをする、記念撮影に応じる、あいさつをする、そういう積み重ねがチームの運営、存続につながります。私自身はチームが無くなったり経営難になっていく実例をたくさん見ていますから。その意味で、今のブルーレヴズの選手たちの姿勢は頼もしく思っています」
――長時間のインタビューになりましたが、ありがとうございました。ブルーレヴズ3年目の飛躍を期待しています。<了>
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。