「泥臭く勝てた」チーム全員で掴んだ魂の勝利~大友信彦観戦記 3/18 リーグワン2022-23 Div.1 R12 vs.リコーブラックラムズ東京戦 ~
Text by 大友 信彦(静岡ブルーレヴズ オフィシャルライター)
Photo by 静岡ブルーレヴズ / 谷本 結利(静岡ブルーレヴズ オフィシャルフォトグラファー)
激しい雨のたたきつける秩父宮に、青い戦士たちの歓喜の雄叫びが響いた。
19-15。リードはわずか4点。ブラックラムズボールのラインアウト。相手の掌中に入ろうとするボールに手を伸ばしたのが青ジャージーの背番号5、マリー・ダグラスだった。地面に落ちたボールをブリン・ホールが滑り込みながら拾ってトス。そのボールを背番号11のキーガン・ファリアがタッチラインへ蹴り出す。その瞬間、青いジャージーは次々に腕を突き上げ、跳び上がり、歓喜の雄叫びをあげた。勝った!
2月5日の第7節、花園ライナーズ戦以来5試合ぶり、1ヵ月半ぶりに聞く勝利のホイッスルだった。
前節はクボタスピアーズ船橋・東京ベイに27-40、今季最多失点の大敗を喫した。スコアだけではない。それまですべての試合のすべての時間、超人的なワークレートとフィジカルとクオリティでレヴズの攻守を支えてきた闘将クワッガ・スミスが前半で負傷退場。今節は、今季最多失点を喫し、さらに大黒柱を欠いたままで迎えた一戦だった。
レヴズのスターティングXVには、前節から3人の変更が加えられた。クワッガが欠場したNo8には前節の6番FLからマルジーン・イラウアが移動、6番にはLO4から前主将の大戸裕矢が移動し、LO4には3試合ぶりの先発となる桑野詠真が入った。CTB13には前節、試合直前にコンディション不良で先発を外れた仕事人・小林広人が復帰。そしてFBにはサム・グリーンが入り、前節までFBだったキーガン・ファリアはWTB11へ。クワッガ不在というピンチを、第8節の神戸戦から後半に投入されるインパクトプレーヤーとして何度も決定機を作ってきたグリーンをスタートから起用できるというプラス材料に変換する。メンバーリストには、前節の試合後「いる人間で戦っていくしかない」と言い切った堀川HCの覚悟が透けて見えた。
18日14時30分、前日までの好天が嘘のように氷雨が打ち付ける秩父宮ラグビー場で試合は始まった。
先制したのはレヴズだった。正面やや左、20m地点でPKを得ると、ゲームキャプテンを任された前主将のLO大戸はショットを選択。FBグリーンが難なく蹴り込み、レヴズは3点を先制する。
しかし、ブラックラムズも3連勝と好調のチームだ。すぐにレヴズ陣内へ攻め込み、5分にラインアウトモールからの一気押しでNo8ネイサン・ヒューズが逆転トライ。14分には再びレヴズゴール前に攻め込んだラインアウトから攻撃を継続し、再びNo8ヒューズがトライ。ここまで3連勝の勢いそのままに、ラムズはイングランド代表22キャップのNo8の連続トライでリードを広げる。
競り合いながらじわじわと点差を広げられるのは今季のレヴズの悪癖だ――だがそんなレヴニスタの不安を一掃するビッグプレーが飛び出す。22分だ。自陣で相手キックをWTB槇瑛人がチャージしてボールを奪うと、SHブリン・ホールが絶妙の位置へハイパント。雨が降り、不規則な風が吹き続けるコンディションを活かした絶妙なキックに、相手WTBは捕球できず、バウンドしたボールをレヴズNo8イラウアが確保すると、すぐに到達したSHブリンがもうひとつキック。ブリンの2連続キックに慌てて戻るラムズのDF2人を猛然と追い抜いたのが青ジャージーの背番号15、グリーンだった。ゴールライン直前でDF2人を抜き去り、バウンドしたボールを掴むと右中間にトライを決めるのだ! 自陣の混戦から2本のキックでトライチャンスを作ったブリン・ホールの絶妙なキックコントロール、そしてここまで唯一と言っていいトライチャンスを逃さず取り切ったグリーンの集中力。グリーンのコンバージョンも決まり、レヴズが10-12と追い上げる。
だがここからゲームは停滞する。28分、右中間約35m地点でPKを得たレヴズはPGを狙わずにタッチキックを選択。そのラインアウトで再びPKを獲得し、右ゴール前5mラインアウトのチャンスを得るが、フェイズを重ねたところで相手ジャッカルにあい痛恨のノットリリースザボール。そこからブラックラムズは一気にレヴズ陣に攻め込むが、レヴズはスクラムを押して相手コラプシングを誘いPKを獲得する。前節はやや安定感を欠いたが、やはりスクラムはレヴズの生命線であり絶対に譲れないプライドなのだ。この試合に懸けてきたフロントローの思いが、冷気の中に湯気となって立ち上った。37分、再びスクラムでPKを奪い、右中間20mのPGチャンス。ここはグリーンのキックがポストに嫌われ得点を逃す。前半はそのまま、10-15のビハインドで終了した。
前半の40分間はどちらともとれる時間だった。「攻め込んでも得点できない」とも「得点できなくても攻め込んでいる」とも「貴重なチャンスにトライを取り切った」と取ることもできた。いずれにせよ、勝負は後半の40分間をどう戦うかだ。
後半、先にチャンスを掴んだのはレヴズだった。ラムズ陣ゴール前に攻め込み、ラインアウトからモールを押す。フェイズを重ねたところでボールを奪われ、ラムズがタッチに逃れるが、そのラインアウトから再びモールをプッシュする。
やはり、昨季のリーグワンでラインアウト最多獲得数を残した「ラインアウトマスター」大戸の復帰は大きい。しかもこの日は大戸がFLに下がったことで、198㎝のダグラスと193㎝の桑野を加え、3人のジャンパーで相手ディフェンスの的を絞らせないラインアウトワークを披露。相手陣に攻め込んだときの安定感が違う。しかし、ここまで3連勝のブラックラムズはしぶといディフェンスで食い下がる。ラインアウトからフェイズを重ねて攻めるブルーレヴズに対し、しつこいタックルで対抗。45分、そのラムズDFがゴール正面でペナルティ。レヴズ大戸主将はすぐレフリーに「ショット」と告げた。グリーンが蹴り込み13-15。
雨中戦では定石ともいえるが、まず点を取るのだという意思を示した大戸の選択は、そこからのレヴズの戦いに芯を通した。ビッグプレーを狙うよりも、目の前の仕事をひたむきに遂行しよう。そうすればチャンスは来る――そんな確信がチームを貫いた。
そして迎えた57分、相手陣10m線を越えて組んだスクラムを押してPKを獲得すると、大戸主将は再びショットを選択し、グリーンがこのキックを冷静に蹴り込んで16-15。レヴズが逆転した。ただし点差はわずか「1」。いつでも逆転可能だ。
ブラックラムズも黙っていない。ハイパントをあげて落下点に殺到する。スクラムでプレッシャーをかけてくる。しかしブルーレヴズのFWは素早い集散で味方を守り、助け、キックで脱出してはFWもBKも一斉にチェイスしてチームを前に出した。相手のアタックにLO桑野が、HO日野が、身体をねじ込んでボールに絡み、PKを勝ち取る。
互いにチャンスを作りかけては決め手を欠き、自陣に戻される戦いが続いていた72分だった。陣地を取り合うロングキック合戦から一転、SO家村が低い弾道のキックを蹴って相手陣10m線でタッチ。このラインアウトで相手ボールの投入にプレッシャーをかけ、ノットストレートを誘う。この試合、ラインアウトディフェンスにおけるレヴズ・ラインアウトチームの働きは値千金だった。ここで得たスクラムをレヴズは押してコラプシングの反則を奪い、ゲームキャプテンの大戸は迷わずショットを選択。グリーンが左中間30mのPGを確実に蹴り込んだ。19-15。セーフティーリードではないが、PGやDGでは追いつかない点差だ。「前回のブラックラムズ戦では、ペナルティーから3点ずつ取られることが多かった。それで追いつかれないよう、確実に4点差にすることを選択しました」と大戸ゲームキャプテンは言った。「あそこで狙っておけば……」昨季から何度も味わった苦い経験は活かされ、大戸の冷静な決断を導いた。
そして迎えたラスト5分の攻防。ブラックラムズは、昨季のベストフィフティーンに選ばれたSOアイザック・ルーカスを投入し、アタックのスピードアップを試みる。対するレヴズは交替メンバーを入れない。ピッチに立つ15人はすべてが試合開始から戦い続けている。
「80分を15人で戦うのは珍しいけれど、今日は15人のフィールド上のパフォーマンスを見ていて、代える必要はないと思った」
試合後の会見で堀川HCは言った。
「今日はインプレー時間が短かったんです。ケガ人が出たりしてゲームが切れて、選手たちはリカバリーする時間を稼げた。フィールドのスタッフから選手のコンディションに関するフィードバックはもらっていたし、FWも足が動いてしっかりディフェンスできていた。この流れを断ち切るべきじゃない、代えるべきじゃないと判断しました」
入替自由の現代ラグビーでは、リザーブのメンバー8人全員を使い切るのが常識となっている。ブルーレヴズも前節まで11試合のうち5試合で全員を、3試合で7人のリザーブを使っている。サンゴリアスなど11節までの全試合でリザーブ全員を使い切っていた。リザーブとは先発選手の負傷に備えた「控え」ではなく、両チームの疲労がたまった終盤にチームを加速するために投入されるインパクトプレーヤー、加速装置なのだ――だがこの日のレヴズは、そんなトレンドよりも、目の前のパフォーマンスを、言い換えればバイブスを選んだ。今オレたちはノっている! このノリを崩したくない!
そんな気迫が、相手を飲み込んだのかもしれない。切り札として投入されたはずのルーカスはなかなかボールを持てず、フェイズを重ねる間にレヴズがラムズを押し込む。ギリギリの攻防が続く。そして迎えた80分。タイムアップのホーンが鳴ったあとのラストプレー。スクラムでPKを獲得したラムズはPGでは逆転できないためタッチキックを選択(先ほどのPGが効いた!)。レヴズ陣22m線付近に攻め込んだラムズボールのラインアウト。だがラムズの投入したボールが空いて選手の手に収まる直前、レヴズLO5番ダグラスがボールをはたいてスチールするのだ。
「この天候なので、フロントボールが多くなると予想して狙っていました」と大戸ゲームキャプテンは明かした。コンディションを読み、相手の考えを読み、できることを遂行した結果が値千金のウィニングスチールだった。ダグラスがカットしたボールをブリン・ホールが地面すれすれで拾い、トスしたボールを受けたファリアがタッチへ蹴り出し、ノーサイドの笛が響いた。
1カ月半ぶりの勝利に、ブルーレヴズの選手たちは歓喜を爆発させた。
「泥臭く勝てたな」
試合後の会見で、大戸ゲームキャプテンはそう言った。
トライ数は1対2と相手を下回った。リードできた時間帯も、ほぼ最後の20分間だけだった。余裕などどこにもない、ギリギリの勝利だった。
だが、あえていえば、それこそがラグビーらしい勝利だ。
大げさを承知で喩えるなら、この日の80分間はテストマッチのような戦いだった。しぶといディフェンスで食らいつき、少ないチャンスに3点を積み重ね、小差で勝利を掴む。それはシックスネーションズ、あるいはその前身、ファイブネーションズの時代から繰り広げられてきたインターナショナルマッチの歴史にも通じる。スキルレベルもフィジカルレベルも理想には遠い。だがチーム状態がどうあれ、目指すべきは現実的な勝利であり、そのためにその日のメンバーで最善を尽くす。そして勝利を呼び寄せるのは、この日のような泥臭い戦いだ。紙一重の勝利は、ラグビー史における王道なのだ。
日野剛志のnote記事。ここにも書いてある「Cup Final」それを貫いた試合だった。
その意味で、この日のレヴズは、最高の勝利を掴んでみせた。肩を痛めながらスクラムを何度も押し込みPOMを受賞したPR河田和大、アーリーエントリーから先発4戦目で初の勝利を掴んだSO家村健太、WTB槇瑛人ら若手が並ぶチームが掴んだ自信は計り知れない。
ひとつの勝利はチームを劇的に変える。残り4節、まだまだチームは進化できる。
リーグワン2023。レヴズの戦いはこれからが佳境だ。<了>
次節、いよいよ静岡県中部唯一のホストゲーム開催!IAIスタジアム日本平で、三菱重工相模原ダイナボアーズとの緊張の一戦。
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。