有賀剛が極めるディフェンスコーチング 【インタビュー】
Text by 大友 信彦(静岡ブルーレヴズ オフィシャルライター)
Photograph by 静岡ブルーレヴズ/谷本結利
インタビュー:2022年10月11日
有賀剛:(あるが ごう、1983年11月3日)
役職:アシスタントコーチ
現役時ポジションFB・CTB / 身長175cm / 山梨県出身
元ラグビー 日本代表選手(18キャップ)。山梨県立日川高校で、3年連続全国大会に出場。関東学院大学に進学し、3年時・4年時とキャプテンを務めた。卒業後は当時清宮監督就任が決まった直後のサントリーサンゴリアス(当時)に入団し、2006年から2017年まで11年間プレーした。同時に2006年から2012年まで日本代表として活躍した。現役引退後はサントリーサンゴリアス(当時)でアシスタントコーチを務め、2021年7月、静岡ブルーレヴズ発足にあわせてアシスタントコーチとして加入。
――有賀さんが静岡へ来られたのは昨季、リーグワンが発足してヤマハ発動機ジュビロが静岡ブルーレヴズに生まれ変わったシーズンでした。ちょっとタイミングは遅いですが、静岡へ来るまでの経緯を聞かせていただけますか。
「僕は選手として11年、コーチとして4年、サンゴリアスでずっとお世話になっていました。サンゴリアスのコーチ時代は主にBKを担当させてもらっていたのですが、僕自身、勉強するという意味でもBKだけじゃなくチームをトータルで見るコーチにステップアップしていきたい、勉強していきたいという思いを持っていました。将来的にはFWかBKかを問わず、アタック全体あるいはディフェンス全体を見られるコーチにならなきゃいけない。そう思っていたタイミングで、堀川さんからお声がけをいただいて、お世話になることにしました。静岡に来て1年目の昨季はBK担当だったのですが、ブレイクダウンに関してはFW・BKの両方を紐付けて、チームをコネクトする役目を任せてもらいました。そして今年はディフェンスを見てくれということになって、FWもBKも含めたディフェンスを担当しています。僕にとっては新たなチャレンジですが、将来的にはそこを見られないとコーチとして1人前とは言えませんからね」
――コーチとしてキャリアアップを図ろうとしていたときに、いいオファーを受けたわけですね。
「コーチを志した以上、将来的にはどんなカテゴリーであれヘッドコーチをやりたいという思いはありました。サンゴリアス時代は清宮克幸さん、エディー・ジョーンズさん、大久保直弥さん、沢木敬介さんといういい監督をたくさん見て、接してきましたから」
――コーチとして最も影響を受けた方はどなたですか。
「エディーさんは、チームカルチャーをすごく大事にされていて、10年先、20年先を考えてチームカルチャーを作っていった。すごかったですね。
コーチになって最初の2年間は沢木さんが監督だったので、沢木さんの頭の中を盗んでやろうという一心で一緒に仕事をしていました。仕事には厳しい方でしたけど、その姿勢がコーチにとって大事だと学んだ2年間でした。それは自分の中にも生きています」
――そして静岡へ来られたわけですが、サンゴリアス時代、ブルーレヴズの前身だったヤマハ発動機ジュビロはどのように見えていましたか。
「選手時代、コーチ時代を通じて毎年対戦してきましたが、セットスクラムが強い、FWの選手たちがスクラムにこだわりを持ってやっているな、という印象を持っていました。
ただ、ラグビーのルールも変わって、スクラムを武器にしていてもなかなか勝てない、チームを変えていかなきゃいけないという時期に僕はここに来た。チームのいいところ、いい文化を残しつつ、変化を求めていかなければいけない時期が来ているんだなと考えています」
――実際にチームに就いてみて、ブルーレヴズの印象はどうでしたか?
「第一印象は、正直『もっとレベル高いんじゃなかったの?』という感じでした。僕が現役で対戦していた頃は、いわゆる『ヤマハスタイル』のラグビーで常に一定の強さを発揮していたけれど、そこから時間が経っても視野を広げようとしていなかったのかな?と思いました。
そこから、堀川さん直弥さんと話し合って、選手の可能性を広げていこう、選手自身の判断力を高めていこうという方針をたてて、選手に判断力を求める仕掛けをいろいろ考えていきました。すぐに結果は出なかったけれど、シーズンに入ってからもスクラムからのアタックのプランを考えさせて、全体のアタックのプランを考えさせて、昨シーズンの最後の方には自分たちで判断できる、良い方向に向かっていったと思います」
――今季はそこからステップアップを図るわけですね。
「去年はフィジカル面でも決してベースが高いとは言えない中でスタートしたのですが、今年は身体をしっかり作って、レベルをあげたところからプレシーズンをスタートできたと思っています。開幕まではあと2ヵ月ありますが、良い競争ができていると思う。これまで長年ヤマハを引っ張ってくれた選手たちがまだ元気でいる間に、次のブルーレヴズを引っ張っていく選手を育てていかなければと思っています」
――次世代の選手といえば、2年目の奥村翔選手が今季はクワッガ・スミス選手とともに共同キャプテンに就きました。ポジションは有賀コーチの現役時代と同じFBですね。
「スケールの大きい、楽しみな選手ですね。ただ、トップリーグ時代からそうでしたが、1年目で活躍する選手はそこそこいるけれど、2年目はマークされて苦労する。真価を問われるのは今季だと思いますね。それは、昨季ブレイクしたSH田上稔もしかり。田上の場合は、いいタイミングでブリン・ホールというすごい選手が来てくれたと思いますね。成長するチャンスだと思います」
――クルセイダーズからやってきたブリン選手はチームにどんな影響を与えていますか。
「身体と言葉の両方で引っ張っていけるリーダーですね。ブルーレヴズのBKにはこれまでいなかったタイプなので、すごくありがたいです。FWには日野、大戸、三村という経験のあるリーダーがいたし、若手でも庄司が積極的にリードしてくれるけど、BKにはなかなかいなかったんです。
実際、8月に合流してからここまでの練習や試合を見ていても、チームが苦しくなったとき、停滞したときに言葉も使って、チームを盛り上げて、加速してくれる選手です。やはりクルセイダーズという常に優勝を争うチームで、選手の側から主体性を持ってチームにコミットしてきた、そういう蓄積が発揮されているんだと思う。また、彼自身にも新しい環境でチャレンジしているという覚悟がある。その姿をみていると、クルセイダーズが勝ちけてきた理由も垣間見える気がします」
――ブリン選手の加入はブルーレヴズのBK、特に昨季は決め手を欠いていたSOにいい影響を与えるのではないでしょうか。
「そう思います。昨季でいえば、サム・グリーンが一番多くの試合に10番で出場したけれど、彼もいいときと悪いときの波があった。そこに、ブリンといういい9番が入ってコントロールしてくれれば、サムのパフォーマンスも安定してくるだろうと思います。やっぱり、周りの選手とコミュニケーションを取ることで選手は視野が広がるし、入ってくる情報も増えて、良い判断ができるようになります」
――有賀コーチがいた頃の関東学院大も、決め事よりもコミュニケーションを大事にして勝っていたチームでしたね。
「そうですね。関東学院大には、自分たちで考えて、話し合って、ゲームの進め方を考えていくという文化が、僕が入る前からありましたから。
ブルーレヴズも数年前までの、チームの約束事を決めて、それをしっかり遂行して勝っていくというスタイルから、選手が現場で判断していくスタイルに変わっていこうとしていますし、そういうタイミングでブリンが来てくれたのは大きいです」
――ヤマハスタイルは大切にしたいですが、日本選手権に勝ったのは2014年度、もう8年前になるんですね。
「そうですね。ラグビーが変わってきていますからね。スクラムの回数も大きく減っている。その分、ラインアウトからのモールが目立ってますね。必然的に、勝つために必要な要素は変化してくる。ただ、どちらにしても変わらないのは、ディフェンスの良いチームが勝つと言うことですね。僕自身、いまブルーレヴズでディフェンスを担当しているので、そこに関してはプライドを持って取り組んでいます」
――先ほど触れていただいた10番の話に戻りますが、今年の司令塔候補はどんな顔ぶれでしょうか。
「まず、去年はサム(グリーン)がすごく延びたなという印象があります。ただ、外国人枠の関係もあって、いつもチャンスをもらえるわけではないのが悩むところです。今年はブリンも入ってきたので、カテゴリーBとCの3枠をどう使うか、難しい部分も出てくると思う。
清原祥は、ずっと期待されていた選手で、昨季も序盤戦はサムよりもメインで起用されていました。ラグビーは上手いですよね、パスもキックもランも。ただ、タフな選手ではない、キツい場面で逃げないプレーができるかどうかが求められると思います。
もうひとりの候補は岡﨑航大です。去年もSO候補には入っていたけれど、ケガがあって出遅れたりして、大学時代から慣れていたCTBを主にやっていましたが、今年はSOにチャレンジしてもらっています。彼のいいところは素直なところです。これは良い選手に共通した条件で、こういう選手は伸びる可能性が高い。長崎北陽台-筑波大と良い文化の中で育ってきたんだな、と感じますね。僕も個人的にはすごく期待している選手です」
――13番も注目されるポジションです。日本代表経験もあるムードメーカーの鹿尾貫太選手、4度目の前十字靱帯断裂という大けがから復活した小林広人選手、どちらもブルーレヴズに活力、勇気を与えてくれる選手です。
「13番はインサイドバックスとアウトサイドバックスのつなぎ目で、どちらの役目も求められる、今のラグビーではすごく大事なポジションですからね。ヤマハ時代は宮澤正利という、攻守の両面でBKラインを統率できるリーダーがいたけれど、今は目指すラグビーによって求められるスキルが変わってくる。カンタも小林と、それぞれ持ち味が違うCTBがいるのはレヴズの強みだと思いますし、そこに今年はジョニー(ファアウリ)が加わって、層が厚くなりました。ジョニーは本来は12番だけど、13番もできるようになったらチームの幅も広がります。いずれにせよ、13番にはディフェンス面の働きと強いボールキャリーをやってもらわないといけない」
――さて、今季のブルーレヴズはどんなラグビーを見せてくれるでしょう。
「そうですね、言葉で表現するのは難しいんですが……僕の言葉で言うと『淡泊じゃない』。いろいろな面で『しつこいチーム』になりたいです。簡単なトライを取られてしまうとか、『抜けてしまう』時間があるとか、そういうことのないチーム。いつもディフェンスのスタンダードが高くて、最後の最後の時間まで相手が『嫌だな…』『攻めづらいな…』と思うようなチームになりたいです。
あと、昨季は後半に投入するフィニッシャー(リザーブ)に苦労した。ジャージを着る23人全員で戦えるチームになっていなかった。だけど、今は世界でも国内でも、トップチームはどこも23人で戦うようになっている。そうでないと勝てない時代になっていますからね」
――しかし、ラグビーファンからすると、大学時代、トップリーグ時代とFBで鎬を削った五郎丸さんがいたヤマハ発動機ジュビロに今は有賀さんがいることには、面白いなあ、これも運命、何かのお導きなのかなあ…と感じてしまいます。
「そんな感覚あるんですか?僕は全然そんなこと感じませんけどね(笑)。ゴローは事業部でチケット企画とかしていて、オフィスでも普通に会いますし、普通に話すし。バチバチでやり合っていた相手も、日本代表で一緒にやった相手も、矢富(勇毅)とかだってそうですからね(笑)」
――違和感があるとしたら、そういうのよりも富士山の見え方ですか? 山梨育ちの有賀さんからしたら?
「そうですね。東名高速から見える富士山もいいけど、山梨、日川高校のあたりから見る富士山と比べると、ちょっと遠いなあ(笑)」
――東名高速を走る機会は増えたでしょうね。
「はい。本音はもっと走りたい(笑)。というのも、要は関東のチームともっと試合をしたいんです。やっぱり関東には強いチームがたくさん集まっているので、そういうチームとたくさん試合をして、成長するチャンスを選手たちに与えたいですね」<了>
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。