あと一歩、足りないのは何か。~大友信彦観戦記 1/22 リーグワン2022-23 Div.1 R05 vs.三菱重工相模原ダイナボアーズ戦 ~
Text by 大友 信彦(静岡ブルーレヴズ オフィシャルライター)
Photo by 静岡ブルーレヴズ / 谷本 結利(静岡ブルーレヴズ オフィシャルフォトグラファー)
タイムアップのホーンが鳴ったあと、勝ち越しを狙ったダイナボアーズSOシルコックのコンバージョンキックは外れた。
うずくまるシルコックに、真っ先に歩み寄り、健闘をねぎらったのはブルーレヴズのクワッガ・スミス主将だった。そのあとを追うように、ダイナボアーズの選手たちがキッカーのもとへと駆け寄った。
ブルーレヴズの背骨たるキャプテンは、前週に続いてシンビンが出て1人少ない数的不利に陥った前半29分からの時間帯に、立て続けに3連続ジャッカルを成功するなど、鬼神のごとき働きで80分+αを戦い抜くと、最後の最後に勝負を託された相手キッカーに歩み寄り、リスペクトを真っ先に示した。激しい攻防が繰り広げられた末の、一服の清涼剤のような、それは美しい光景だった。
リーグワン第5節。静岡ブルーレヴズは、相模原ギオンスタジアムで、今季第5戦となる三菱重工相模原ダイナボアーズ戦に臨んだ。
ダイナボアーズは昨季はディビジョン2(D2)で戦い、入替戦に勝って昇格してきたチームながら、ここまで3勝1敗。ブルーレヴズが敗れたヴェルブリッツ、ブレイブルーパス、ブラックラムズを破っていた。
過去の対戦成績はヤマハ発動機ジュビロ時代に2戦2勝。初対戦は三菱重工相模原が初めてトップリーグに昇格した2007-2008シーズンで、96-0という当時のトップリーグ最多得点&得点差記録となる圧勝だった。
だがそんな過去はどうあれ、今季の戦いぶりでは相手が格上だ。ブルーレヴズはチャレンジャーとして挑まねばならない。
ブルーレヴズはこの試合に、前戦からスターター4人を入れ替えて臨んだ。
HBは前週ベンチスタートだったブリン・ホールと清原祥のペアが先発になり、田上稔とクリントン・スワートはリザーブへ。小林広人が開幕戦以来の先発13に入り、過去3戦13番で出場していたツイタマは矢富に代わり本来のWTBへ。
前戦でレッドカードのファリアに代わるFBにはルーキー山口楓斗が指名された。先発変更はすべてBK。FWの先発には前戦とまったく同じ8人が並んだ。
この試合のもうひとつの見どころは、レフリーのアンガス・ガードナーさんだった。オーストラリアに生まれ、15歳でレフリーの道に入ってすでに23年のキャリアを持ち、2018年にはワールドラグビーの世界最優秀レフリーにも選ばれた世界のトップレフリーは、日本の選手とレフリー、両方のレベル向上を目的に招かれ、今回のブルーレヴズとダイナボアーズの一戦がその担当試合に選ばれたのだ。
「静岡から世界を魅了する、日本一のプロフェッショナルラグビークラブをつくる」というミッション・ビジョンを掲げるブルーレヴズにとって、世界のスタンダードを示してもらうこと、特に最大の武器であるセットプレーをチェックしてもらう絶好のチャンスだ。
試合は22日、14時30分、レヴズのキックオフで始まった。
先制したのはブルーレヴズだった。4分、相手ディフェンスの反則から攻め込んだ相手ゴール前左のラインアウトモールを押し込み、サイドに持ち出したSHブリン・ホールが左中間にねじ込んだ。今季、静岡の住人となった元クルセイダーズの英雄のリーグワン初トライ。今季初先発でブリンとはHBのペアを組むSO清原祥がコンバージョンを蹴り込み7-0。
9分、レヴズは再びチャンスを得る。ハーフウェー付近のファーストスクラムは相手が下がったとの判定でFKを獲得。レヴズは再びスクラムを選択し、今度は押し込んでコラプシングを獲得し、左22m線付近のラインアウトに持ち込む。レヴズの得点パターン。だがこのラインアウトは痛恨のノットストレート。そのスクラムからダイナボアーズの逆襲を浴び、一気に80mを切り返されてトライを許してしまうのだ。コンバージョンも決まり7-7。
25分、再び相手ゴール前に攻め込んだレヴズは、スクラムからクワッガがサイドアタック。これはゴールポストにぶつかって阻まれたが、ゴールポストの根元に巻かれたクッションをはさんだ攻防で相手DFにできた隙を見逃さなかったのがブリンだ。ゴールポスト真下にぽっかり空いたスペースにボールを置いて再びトライ。清原のキックも決まり14-7。
リードを得たレヴズだったが、ここで再び試練が訪れる。29分、ダイナボアーズに自陣ゴール前まで攻め込まれる。必死に戻ってDFしたレヴズFB山口楓斗が、相手の持ち出したボールに密集越しに手を伸ばしてしまい、プロフェッショナルファウル(故意の反則)としてイエローカードを受けてしまうのだ。前週のブラックラムズ戦と同じ時間帯(前週は前半26分)、同じ背番号15がピッチから出される――10分間で3T19点を失い敗れた前週の悪夢が頭をよぎる。
そんな不安を振り払ってくれたのが闘将クワッガだった。直後の31分、33分、そして35分。自陣ゴールを背にしたピンチの場面でクワッガは3連続ジャッカルを成功させ、ピンチを切り抜ける。まさしく超人的な働き。
だが、孤軍奮闘には限界もあった。14人で戦うラストプレーとなった38分、タックルしたクワッガが密集に残ってノットロールアウェーの反則を科され、ダイナボアーズがPGを返す。さらに直後、山口のシンビンが解けた最初のプレーでもレヴズはペナルティーを連発し、もう1PGを献上。7点あったアドバンテージは「1」まで縮んで前半を終えた。
どうにも落ち着かない展開だ。レヴズの生命線たるスクラム、ラインアウトでは優位に立ち、何度もPKを奪ってはいたが、もうひとつ安定しない。前週までは芸術的な支配力をみせていたラインアウトも研究されたのか、獲得できたときでも相手の圧力を受けていた。
再開した後半の先手を取ったのもダイナボアーズだった。3分にスクラムを押し込もうとしたレヴズが逆にコラプシングを科されて攻め込まれ、5分にクワッガが密集でのハンドを取られ、ダイナボアーズに逆転PGを許す。14-16。
逆転されたレヴズもすぐに攻め返す。8分、右のラインアウトからフェイズを重ね、クワッガの絶妙パスを受けたSO清原がビッグゲイン。PR伊藤平一郎が繋ぎ、エースのツイタマがゴールポスト左に飛び込んだ。清原のコンバージョンも決まり21-16。
さらに15分、自陣ゴール前のPKでダイナボアーズがスクラムを選択すると、レヴズFWの意地が燃え上がる。スクラムにボールが投入されると同時に、交代で入ったばかりのPR岡本慎太郎、西村颯平を先頭に一気の押しでボアーズの8人を粉砕するのだ。青ジャージーの一団が誰彼構わず雄叫びを上げる。FWのもとにBK選手も駆け寄り、身体を叩いて頑張りを称える。このPKで自陣を脱出したレヴズは19分に清原がPGを決め24―16の8点差に広げる。だがダイナボアーズも粘り、23分にPGを返し再び5点差に迫る。
そして迎えた29分だ。相手ゴール前に攻め込んだレヴズにノックオンの反則。だが相手ボールのスクラムに、FW8人の意地が爆発した。一気の押しでコラプシングを奪う。ゴールポストは真正面。3点入るのは確実な位置でのPK獲得にFW陣はまるで試合に劇的な勝利を飾ったような雄叫びをあげ、腕を突き上げ、歓喜を爆発させた――。
だがこの様を冷ややかに見ていたのがガードナー主審だった。清原が狙うPGを待つ間にクワッガ主将に歩み寄ると「君たちエキサイトしすぎだ。ちょっとばかり、声が多すぎるぞ」と注意するのだ。
ラグビーは激しい競技であり、危険とも隣あわせだ。だからこそ、選手は自制心と、対戦相手へのリスペクトを求められる。それを忘れるなと、世界のトップレフリーはブルーレヴズのFWたちに釘を刺した。
ブルーレヴズのFWたちには特別な思いがあったはずだ。開幕から4連敗の苦しいチーム状況。BKには故障者が続出。苦境を脱するにはFWが奮起しなければならない。すべてはFWにかかっている--そんな責任感、使命感、そして眼前の勝負に勝った達成感。自分たちを称え、励ましあい、さらにパワーアップしていこうという思いは尊い――だが少しばかり度が過ぎた。
そして、それは改まらなかったのだ。
清原がPGを決め27-19で再開された試合は32分、レヴズの反則で自陣ゴール前に攻め込まれるが、このラインアウトディフェンスでレヴズFWが相手にプレッシャーをかける。ボアーズのスローイングが乱れる。ノットストレート。ここでまた、レヴズのFWは次々と雄叫びを上げた。そして、ガードナー主審は腕をボアーズの側に高く上げた。すなわち、レヴズのペナルティ。
「Too much talk(騒ぎすぎだ)」とガードナー主審は言った。
結局、この場面は直接失点には繋がらなかった。このPKからのラインアウトを途中出場のLOアニセ・サムエラがみごとにスチールしてピンチを脱出することができた。だが、それ以上の運を引き寄せることはできなかった。36分、レヴズ陣深くでPKを得たダイナボアーズはすぐにPGを狙い、逆転圏の22-27まで追い上げる。残り4分のキックオフからもダイナボアーズがPKを獲得し、ラインアウトから粘り強くボールをつないで攻め、タイムアップ直前の40分、ついにインゴールへ。ここではTMO(ビデオ判定)が入ったが判定はトライ。これで同点。逆転を狙ったコンバージョンは外れ、逆転負けこそ逃れたが、レヴズから見れば九分九厘手にしていた勝利を逃した形。試合後の選手たちに笑みはなかった。
「引き分けという結果でしたが、自分たちのスタイルを発揮できた試合だった」
試合後の会見、堀川HCは前向きな言葉で切り出した。
「苦しいチーム状況の中で、クワッガが先頭に立ってチームの士気を保ってきたけれど、自分たちに足りないのはディシプリン(規律)。反則がたぶん17個くらいあった。ここを修正しないといけない」
クワッガ主将も口を揃えた。
「私たちの選手はみな、ハードワークして、最後まで諦めない姿勢をみせて戦ってくれて、1歩前進できたと思う。堀川ヘッドコーチも言ったように課題はディシプリンの部分。そこにフォーカスして、チームとして成長して、このシーズンの中で建て直していきたい」
勝利が目の前にあったのは間違いない。5戦目で初めて80分フルにピッチに立ち続けたSHブリン・ホールは言った。
「79分まで良いプレーができた。それまで良いプレーが本当にたくさんあった。だけどそれを80分までやり通さないと勝利はない。今日の23人のパフォーマンスは誇りに思うけれど、ここから学べることをしっかり学んで、次の勝利に備えたい」
ブリンは最後の相手のゴール失敗についても「我々が最後までプレッシャーをかけ続けたからキックは外れたんだと思う」と評した。クルセイダーズで数え切れない勝利と栄光を手にしてきた男は、厳しい試合結果でもあえてポジティブな要素にフォーカスしようとしていた。
課題は明らかだ。この日の失点はことごとくペナルティーから。そして、ガードナー主審に指摘されたのはディシプリン(規律)、リスペクト(敬意)、そしてインテグリティ(品位)。ラグビー憲章に謳われているコアバリューに関わるものだった。
それを指摘してもらえたこともプラスに受け止めよう。それは、ブルーレヴズが「世界最高峰に挑む」「世界で語り継がれる強く・愛されるクラブ」になるためにクリアしなければならないハードルなのだ。
「世界を魅了する日本一のプロフェッショナルラグビークラブをつくる」そのミッションを実現するために、レヴズのすべてのメンバーは戦い続ける使命がある。そのミッションが実現されたとき、この日のダイナボアーズ戦はきっと、ブルーレヴズの歴史のターニングポイントとして思い出されるだろう。
次節、ヤマハスタジアムにグリーンロケッツ東葛を迎える一戦から、ブルーレヴズの歴史は新たなページに入るのだ。<了>
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。