ブリン・ホールが静岡ブルーレヴズを選んだ理由【インタビュー】
Text by 大友 信彦(静岡ブルーレヴズ オフィシャルライター)
Photograph by 静岡ブルーレヴズ、谷本結利
インタビュー:2022年11月7日
リーグワン参戦2年目の静岡ブルーレヴズに、ラグビー王国ニュージーランド(NZ)から頼もしい新戦力が加わった。スーパーラグビーの常勝チーム、クルセイダーズのSHとして活躍したブリン・ホールだ。
7月に来日、9月11日に行われた最初のプレシーズンマッチ・釜石シーウェイブス戦からブルーのジャージーを着て、何年も前からチームにいるように溶け込んだプレーを見せて活躍。
今シーズンのキーマンになるに違いない、NZからやってきたSHに聞いた。
――ブリンさん、ようこそ日本へ、静岡へ。今回、日本でプレーすること、静岡ブルーレヴズでプレーすることを決めるまでのストーリーを聞かせて下さい。
「私にとって、日本に来ることは大切な、大きな決断でした。私は2013年からプロ選手としてNZのラグビーでプレーをしてきて、多くのことを達成してきました。次のチャレンジとして日本でプレーしたいという希望を持っていて、ちょうど1年前くらいからエージェントに意向を伝えていました。そこに、熱心にオファーをくれたのが静岡ブルーレヴズだったのです」
――静岡ブルーレヴズの前身、ヤマハ発動機ジュビロではクルセイダーズのレジェンドでもあるレオン・マクドナルドさんやルーベン・ソーンさんもプレーしていました。彼らからもチームの情報を聞いたりしたのですか?
「個人的に聞いたりはしなかったけど、彼らがヤマハでプレーしていたことは、私も調べたりして知っていました(笑)。ただ、私が静岡へ来ることを決めたのは彼らの存在よりもむしろ、堀川ヘッドコーチとオンラインのミーティングを何度か重ねる中で、ブルーレヴズというチームのカルチャーやこれからへの方向性に魅力を感じて、このチームに加わりたいと思ったからです」
――ブルーレヴズのどんな部分に魅力や共感を覚えたのですか。
「チームの未来に対するビジョンが明確だったことですね。今のリーグワンではワイルドナイツやサンゴリアスがトップを争っているけれど、そこと戦っていける強いチームを作りたいのはもちろんだけど、それだけでなく、未来に向けて強いチームを作りたい、そのための次世代を育てたい、その役目を期待しているという話を聞いて、すごく魅力的に感じました。自分の持っている力を、今のチームを勝たせるための『ワンタイムオペレーション』ではなく、未来を作るために役立てられるのは幸せなことだと思いました」
――入団前の時点でそういうことまで話し合っていたのですね。
「そうですね。チームがどんな育成プログラムを立てているのか、どのような練習をするのかを聞かせてもらったし、そこに自分の経験をどのように活かせるかなということを考えていました。優勝はもちろん目指すけれど、その先を目指すためにどんなことをするのが有効なのか。私のNZでの経験のどの部分が、日本のカルチャーの中で有効に活かせるのか、いろいろ話しました。NZでのやり方を持ち込むのではなくね」
――NZでは日本のトップリーグ/リーグワンの試合もテレビで見られるそうですが、日本のラグビーは見ていましたか? その印象は?
「もちろん見ていました。特に今年のスーパーラグビーの後半くらいからは、自分が日本に行くことを決めていたから意識して見ていました。その第一印象は、やっぱり『とても速い』(笑)。強く、ハードなゲームをしながらも、ゲームの進むスピードがものすごく速い。その中で、各自の役目を遂行するための各選手のワークレートがとても高いと感じました。その印象はこちらに来てからも変わらない、というか、より強く感じています。ここまでのプレシーズンマッチ、トヨタやホンダ(三重)との試合でも、試合の進むスピードに驚かされました」
――今年7月に来日して、静岡ブルーレヴズに合流した印象を聞かせて下さい。
「ラグビーに関しては今言った、速さが一番の印象だったけれど、それに加えて、一番印象的だったのはブルーレヴズの選手たちがすごく歓迎してくれたことです。僕が覚えたての日本語で挨拶しようとするとしっかり待って聞いてくれるし、逆に日本の選手たちが英語で話しかけてくれたり。一緒にいて楽しい雰囲気を作ってくれる選手が多いし、コーヒーを飲みに行こう、ご飯を食べに行こうと誘ってくれる。楽しく過ごせているよ」
――特に印象的な選手の名前をあげてもらえますか?
「いい質問だね(笑)。まずあげたいのはカンタ(鹿尾貫太)だね。彼はとにかく面白い。周りのみんなが笑えるネタを作ってくれる。どんなクラスにもいるおどけ役って感じかな。それでいて、真剣になるべきときはシリアスになる。チームのオンオフをリードしてくれる。かけがえのない選手だと思うな。
あとはフート(WTB/FB山口楓斗)。自分のロッカーと隣ということもあって、よく話すんだ、何を話すということではないんだけど、話し方、笑い方が独特で面白い。
もうひとりあげるとプロップのカク(郭玟慶)。彼も一緒にいて面白い、楽しいヤツだ」
――彼らに似たキャラクターの選手はクルセイダーズにも誰かいましたか?
「そうだね、クルセイダーズにも面白い選手はたくさんいたよ。セヴ・リース(WTB)は特に周りを笑わせるし、いつもエネルギーに溢れていた。
カンタに一番似ているのはリッチー・モウンガ(SO)かな。モウンガも、何かにつけてチームメイトを笑わせようとするんだよ。それでいて、カンタと同じで、ラグビーになると素晴らしいリーダーシップを発揮してくれるんだ」
――ブリンさんがクルセイダーズで学んで、大事にしていることは何ですか?
「ラグビーのプレーよりも何よりも、まず人を思いやること、気遣うこと、リスペクトすることかな。それはチームメイト、選手同士だけでなく、コーチ、スタッフ、誰も似対してお互いを思いやること。思いやることで、一緒に楽しめるラグビーの環境を作っていける」
――ブリンさんはオークランドのブルーズからカンタベリーのクルセイダーズへ、NZでもライバルとして知られる2チームでプレーしました。両チームのカルチャーの違いを教えていただけますか?
「最近はブルーズも、カンタベリー出身のレオン・マクドナルドHCになってちょっと変わってきたけれどね(笑)。僕がいたころ(2013~2016年)のブルーズは、素晴らしいサイドステップやオフロード、フレア溢れるアタッカー型の選手がたくさんいた。そしてクルセイダーズに移ったら、個人技よりもチームDF、チームアタックのディテールをすごく大事にしていて、選手各自が何をすべきかがすごく明確になっていた。ブルーズにいた頃は私自身若かったし、自分がXファクターとしてどんなことをプラスできるかを求められていると思っていた。でもクルセイダーズでは、細かいところまで自分の役目を遂行すること、ハードワークすることが要求された」
――対照的な2チームのカルチャーを経験したブリンさんですが、静岡にはどちらのカルチャーを伝えたいと考えていますか。
「私としてはクルセイダーズで学んだカルチャーを伝えたいと思う。クルセイダーズで求められた人間性は、私自身のキャラクターにとても合っていたからです。私は選手として、たとえばテビタ・リー(サンゴリアスで活躍するWTB、ブルーズでチームメイトだった)のような爆発的な身体能力に恵まれているわけではないし、周りとコミュニケーションを取って、戦略的にプレーして、リーダーシップを発揮していくタイプだと思っています」
――ブリンさんは2017年にマオリ・オールブラックスに選ばれていますね。
「父がマオリで、母はヨーロッパ系ですが、子どもの頃からマオリ・カルチャーの中で育ちました。私はマオリ・オールブラックスを経験しましたが、NZでは、一度でもマオリ・オールブラックスでプレーすると誰でもマオリのファミリーになります。やはり、マオリの代表としてプレーすることには特別な感覚があります。神聖な感じがします」
――マオリカルチャーの中で育つと、子どもの頃からいろいろなハカを経験するのですか?
「そうですね。NZには本当にいろいろなハカがあります。それぞれの地域の独自のハカもすごく大切です。ただ、オールブラックスのハカはそれらの全体を含んだ、NZ全体を現すハカなんです。オールブラックスのハカには、NZ全体に一体感を持たせる、特別な、神聖な力を持っています」
8月上旬に行われた、レスリング部強化選手が集まるBKレスリング合宿に参加したが、共に合宿を過ごしてくれた御礼にと、学生に本場のハカを披露した。
――先日のオールブラックスと日本代表のテストマッチは観戦されましたか?
「はい。スタジアムで観戦してきました。すごいクロスゲームだったし、日本ラグビーにとって素晴らしいステップになった試合だと思いますね。5年前、10年前だったら、日本に高いアタック能力があってもNZの選手にフィジカル面で制圧されてしまったかもしれないけど、そういう話は遠い昔のこと。この10年で素晴らしい選手が現れてきたし、素晴らしいコーチの元でチームが強くなって、選手層も厚くなってきたと思う。
日本代表を見ていて、僕が唯一、まだ足りないなと思ったのは、その瞬間にどういうことが起こるかを理解すること、洞察力の部分です。
その瞬間にオフロードパスが有効なのか、キックが有効なのか、あるいは相手がどういう判断をしてくるか。そういう瞬時の予測力です。ただ、その状況に応じたスキルは確実に向上している。トニー・ブラウン、ジェイミー・ジョセフ、ジョン・ミッチェルといった世界レベルのコーチが指導している成果だと思います。このプロセスを続けていけば、2023年、2027年のワールドカップで8強、4強へと勝ち進んでいくことは十分現実的だと思う」
――元クルセイダーズ監督でもある埼玉ワイルドナイツのロビー・ディーンズ監督は「日本代表がオールブラックスに勝つ日も遠くない」と発言しています。
「僕もそう思います。十分に可能性はあると思う。トップリーグからリーグワンへとレベルは上がっているし、日本のウィークポイントだったフィジカリティも向上している。このレベルアップを続けていけば、オールブラックスに勝つことも十分にあると思う。アルゼンチンやアイルランドがそうだったようにね」
――ブリンさんとしては望まない事態でしょうね?
「それはね(笑)。僕自身はずっとオールブラックスをサポートしてきたし、これからもそうだけど。ただ、もしも日本代表がオールブラックスに勝ったら、日本の人たちがどんな気持ちになるかを想像すると、それもとても価値のあることだろうなと思うんです。前回のワールドカップはNZからテレビで見ていたけれど、日本代表がアイルランドに勝ったとき【静岡ショック】に、涙を流して喜んでいる人たちの姿を見て、この勝利には大きな意味があるんだなと理解できた。もしもオールブラックスに勝ったら、きっとそれ以上の喜びでしょうね」
――日本のマインドに共感していただけて嬉しいです。静岡、磐田での生活はいかがですか? 気に入ったスポットなどありますか?
「気に入っています! 磐田は小さな町だけど、暮らしやすい。家からジムへ行くのもクラブハウスへ行くのも、買い物へ行くのも、どれもクルマで10分くらいでアクセスできる。選手にとっても暮らしやすい町です。
気に入ったスポットはいくつかあるよ。ひとつあげると、クラブオフィスの近くのバーンテーブルというカフェだね。コーヒーも食べ物もおいしくて人気のお店なんだ。あとは、美味しい焼き肉屋さんが何軒かあります(笑)」
――リーグワンの開幕が近づいてきました。対戦を楽しみにしている相手チームや選手があれば聞かせてください。
「やはり強い相手と戦うのはエキサイティングです。日本のトップチーム、ワイルドナイツ、サンゴリアス、スピアーズと戦うのは楽しみです。個人的には、まずウィル・ゲニア(花園ライナーズ、元オーストラリア代表SH)。あとはNZの選手がリーグワンにはたくさんいる。スピアーズのライアン・クロッティ(CTB、元オールブラックス)はクルセイダーズで一緒だったし、特に楽しみです」
――今日本にいる、NZ時代にライバルだった選手というと……。
「やっぱりゲニアですね。向こうが4歳年上ですが、自分がSHとして成長する過程で憧れていた選手です。スーパーラグビーでも何度も対戦したし、そのときによく話もしたりした。日本でまた対戦できると思うととても楽しみです」
――最初のプレシーズンマッチ、9月11日の釜石シーウェイブス戦では、試合のファーストトライをみごとにアシストしましたね。キックを追って、前へダイビングして捕りながらマロ・ツイタマ選手へ、みごとなラストパスを送りました。
「ありがとうございます。キックを追いかけながら、近くにマロが来ていたことには気付いていたからね。さすが、いつもトライを取る人らしい(笑)」
――ブルーレヴズで初めてのゲームでしたが、もう何年もこのチームにいるような溶け込み方でした。
「そう言っていただけると嬉しいです。私自身、そうなりたいと思っていました。チームのことを理解して、自分が何を求められているかを理解して、準備をして試合に臨んだことで、ゲームの中で周りの選手とのコネクションを作れたと思うし、それがチーム全体の一体感として見えたんじゃないかと思います」
――周りの選手の良さを引き出すこともブリンさんの持ち味ですね。
「それは意識していることです。釜石との試合でいえば、HBのペアを組んだ岡﨑航大が自信を持ってプレーできるよう、コミュニケーションを取って、条件の良いクイックボールを送ることを心がけました」
――その試合で驚いたのは、ブリンさんがゴールキックを蹴ったことでした。クルセイダーズでは見ることがなかったので。
「確かに、クルセイダーズでは蹴る機会はなかったし、ブルーズでも蹴ることはなかった(笑)。でも若い頃、ノースハーバーでは蹴っていたんだ。ブルーレヴズでもチャンスがあれば蹴りますよ」
――楽しみです。リーグワン開幕を前に、19日は草薙で横浜イーグルスと、26日はエコパで神戸スティーラーズと、いよいよスタジアムでのプレシーズンマッチが始まります。ブルーレヴズのサポーター、レヴニスタの皆さんにメッセージをお願いします。
「私も楽しみです。磐田に住んでいるので、ヤマハスタジアムの前をよく通るのですが、そのたびに、ここにファンの皆さんが集まってくれることを想像してワクワクしています。
この2年間はNZでも日本でもコロナによる制限があって、ファンの皆さんの前でプレーする機会がなかなかなかった。スタジアムにファンの皆さんが戻ってきて、その前でプレーできる日を楽しみにしています。私の仕事は、ファンの皆さんの前で良いプレーをお見せすること。その役目をしっかり果たしたい。みなさん、スタジアムで会いましょう!」
チームメイトと切磋琢磨し、ファンに最高の感動を届けると誓った。
<了>
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。