悔しさにまみれた80分間。戦いはまだ半分残っている。~大友信彦観戦記 3/2 リーグワン2023-24 D1 R8 埼玉パナソニックワイルドナイツ戦 ~
Text by 大友信彦(静岡ブルーレヴズオフィシャルライター)
Photo by 静岡ブルーレヴズ /谷本 結利(静岡ブルーレヴズ オフィシャルフォトグラファー)
3月2日、リーグワン第8節。静岡ブルーレヴズは本拠地ヤマハスタジアムに全勝で首位を走る埼玉パナソニックワイルドナイツを迎えた。
昨季はヤマハスタジアムでのホスト戦で14-15と惜敗したが、熊谷でのビジター戦で44-25と大勝。リーグワン発足から続くワイルドナイツの連勝記録にストップをかけたことはレヴニスタのみならず多くのラグビーファンの記憶に刻まれている。裏返せば、ワイルドナイツにとっては悔しい記憶だ。
雪辱を期して向かってくるワイルドナイツを迎え撃つブルーレヴズは、敗れた前節のダイナボアーズ戦から先発3人を変更。左PRにはHOから転向して1年目の山下憲太。HO時代の一昨季にリザーブで出場して以来2季ぶり、先発はリーグワン入りして初めてだ。SHにはチーム最年長の矢富勇毅が2月16日に39歳を迎えてから初の背番号9で先発。右WTBには過去2戦はリザーブだったシルビアン・マフーザが開幕戦(CTB)以来の先発で入り、ハイボールに強い和製ポケットロケット・山口楓斗がWTBからFBへ回った。FWは先発8人中7人、HBは2人とも昨季の熊谷での勝利を経験している。ダイナボアーズ戦の悔しい敗戦からの立て直しを、そして、2季連続の全勝ストップを目指し、ブルーレヴズはワイルドナイツを迎えた。
3月2日。磐田名物の強い西風が吹き付ける中、選手たちをピッチに送り出す花道を作ったのは両チームのOBたちだった。この日の試合前には、ヤマハ発動機ラグビー同好会としてクラブが産声をあげてから40周年の記念試合としてヤマハ発動機とワイルドナイツのOB戦を開催。旧トップリーグやワールドカップ日本代表などで活躍した英雄たちがヤマスタのピッチを駆け、早くから駆けつけたファンを沸かせた。14時、強風の吹き抜けるヤマスタで試合は始まった。
試合はワイルドナイツがいきなり決意を見せつけた。レヴズが風下から蹴ったキックオフを捕ったワイルドナイツは、いつもならエリアを取ろうと蹴り返すところ、敢然とアタックを仕掛けてきたのだ。風上に立ちながら地上戦を選択したワイルドナイツのアタックに、レヴズは意表を突かれたのかもしれない。ややタックルが甘くなってしまったように見えた。
それでも、レヴズも積極的に攻めた。自陣ゴール前に攻め込まれながら相手キックにWTBツイタマが戻ってボールを確保すると、ゴールラインを背にしたラックの真ん中をNO8イラウアがピックゴーで中央突破し、サポートについたSH矢富につないでキック。陣地を一気に相手陣に進めるが、ワイルドナイツは日本代表SO松田が戻ってボールを確保すると南アフリカ代表CTBデアレンデがカウンターアタック。強風に弄ばれるのを避ける狙いもあったのか、互いに地上戦で激しくボールを動かす意欲的な姿勢に、80分間の激戦が予感された。
ゲームが動いたのは前半8分だ。レヴズは相手ゴール前約17m左中間のPKを得ると、ラインアウトでもPGショットでもなくスペシャルムーブを選択。タップキックから右サイドにCTBタヒトゥアを突っ込ませると、すぐに左へ反転。クイックパスがCTBピウタウ、FB山口と渡り、WTBツイタマがインゴール左隅に飛び込んだ。狙った通り、会心のトライで先制したブルーレヴズはSO家村がコンバージョンも成功。7点を先制する。
前節の相模原戦に続く先制。しかし、直後に失点する悪癖も2試合連続だった。相手キックオフ後の蹴り合いからアタックでハーフウェーまで陣地を進めながらノックオン。ここで組まれた最初のスクラムから相手NO8コーネルセンの単独サイドアタックにビッグゲインを許し、12分、攻め込まれたラックからFL長谷川が左隅にトライ。単純なアタックに簡単にゲインされてしまう。防御には定評のあったレヴズらしからぬディフェンスエラー。ワイルドナイツは日本代表のキッカー松田力也が強い風下からコンバージョンをポストに当てながらも沈めて7-7の同点。
それでもまだ勝利の女神はレヴズに微笑んでいた。15分には相手陣でのノックオンから相手のカウンターアタックを浴びていたが、滑川レフリーがアドバンテージオーバーを宣言した直後にツイタマが相手パスをインターセプト。独走トライを決めるのだ。12-7とレヴズが再びリードを奪う。
だがレヴズは波に乗れなかった。
伏線は開始5分にあった。PKからタッチキックで攻め込んだ相手ゴール前のラインアウトで相手のプレッシャーを受けてターンオーバーを許してしまう。18分には相手陣10m線という攻めどころのラインアウトをロスト。リーグワン最長身206㎝を誇るワイルドナイツの南アフリカ代表LOデヤハーの高さを活かしたプレッシャーに、2mジャンパー不在のレヴズは思うようにボールを確保できない。
さらに、もうひとつの武器であるスクラムでも、クレイグ・ミラー、堀江翔太、ヴァルアサエリ愛という日本代表トリオを最前列に並べたワイルドナイツにプレッシャーをかけられてしまう。24分にはレヴズゴール前のPKでワイルドナイツはタッチでもショットでもなくスクラムを選択し、FWがレヴズゴールに殺到し、3次攻撃でデヤハーがトライを決めた。12-12の同点。
レヴズにとって武器だったはずのセットプレーの苦戦。だがこれはワイルドナイツが意図したゲームデザインだったようだ。敵将ロビー・ディーンズ監督は「このFW第1列トリオは、通常は後半、試合を終わらせるフィニッシャーの役目を果たしてくれるが、今日は試合の最初にインパクトを与えようと思ってスターターに並べました」と試合後に明かした。昨季の熊谷の対戦ではミラーと堀江はリザーブスタートでヴァルはメンバー外。ワイルドナイツの雪辱への思いの強さを物語る言葉であり用兵だった。ワイルドナイツは32分にもラインアウトからのアタックでSH小山大輝が、36分にはレヴズゴール前のスクラムにプレッシャーをかけ、タヒトゥアのラックをターンオーバーしてディラン・ライリーがトライ。前半30分過ぎまで同点だった試合は、ワイルドナイツが26-16とリードを広げて折り返した。
それでも後半は風上だ。先に点を取れば空気はガラリと変わるはず……そんなレヴニスタの期待は再開早々に裏切られた。相手キックオフを自陣深くで落球。そのスクラムからワイルドナイツに連続攻撃を許し、43分にトライを献上。12-31と点差を広げられてしまう。
流れを変えたいレヴズはここでFLにジョーンズリチャード剛を投入。どんなに不利な局面でも迷いなくタックルに走り、倒れてもすぐに起き上がって次のターゲットを探す本能のタックラーは確かに流れを変えた。レヴズはSH矢富のパスを起点にLOダグラス、NO8イラウア、CTBタヒトゥアらがワンパスでのクラッシュというシンプルなアタックを反復してじりじりと相手ゴールに迫り、最後は48分、入ったばかりのリチャードがボールを右脇に大事に抱え込んでインゴールへ飛び込んだ。今季初トライ。SO家村がコンバージョンも蹴り込み19-31の12点差に戻すのだ。
「次の点を先に取れば行ける!」流れは確かにレヴズに傾きかけた。51分にはハーフウェーで組んだ相手ボールのスクラムに乾坤一擲のプレッシャーをかけ、こぼれ球にリチャードが頭からセービングに飛び込んでボールを確保する(このプレーに関しては間違いなく『リチャ』がリーグワン最強だ!テストマッチでも見てみたい)。この場面はツイタマのノックオンでチャンスを逸したが、53分にはピウタウにかわってピッチに入っていたサム・グリーンが豪快にカウンターアタック。さらにオフロードパスを受けた山口楓斗が右隅で相手タックルをすり抜けて相手ゴール前へ好キックを落とし、ツイタマが猛チェイス。しかしここも相手の好フィールディングに阻まれ得点には至らない。
そして勝負を決定づけたのは焦点のセットプレーだった。54分、55分とレヴズは相手陣22m線付近でラインアウトの好機を得ながら連続して失敗。56分には10m線付近まで戻されてスクラムを得たが、このスクラムからのアタックでもプレッシャーを受けタッチに押し出されてしまう。今季絶好調のワイルドナイツを相手に、1年前、雨の熊谷で勝利の原動力となったセットプレーの主導権を失ったことで、ブルーレヴズには攻める糸口がなくなってしまった。一方のワイルドナイツは60分に再びデヤハーが巨体を活かして、68分にはゴール前のラインアウトモールをBKも入って押し切るというブルーレヴズのお家芸まで使ってトライを加えて見せた。試合時間は残り10分、スコアは19-45まで開いた。
このままでは終われないブルーレヴズは76分、自陣22m線付近で相手ボールをターンオーバーすると、途中出場のHOトンガタマがアタック。ハーフウェー付近まで陣地を戻すと、そこからリチャード、ダグラス、家村、桑野、大戸……FWもBKもなく、ベテランも若手もなく相手ゴールを目指した。すでに勝敗は決していたかもしれない。ボーナスポイントの7点差さえ遠い。それでもレヴズ戦士たちはプライドをかけて足を動かし、身体をぶつけた。しかし、リーグワン首位を走るワイルドナイツの壁は分厚かった。79分、フェイズを重ね、PKから速攻をかけ、相手ゴールまで目前と迫ったが、ワイルドナイツの分厚いディフェンスを前に、ダグラスからリチャードへのオフロードパスは通らなかった。26点差のまま試合は終了。1年前の雨の熊谷、44-25の勝利を裏返したような19-45というスコアで、レヴズは敗れた。
試合後の会見。藤井監督は潔く相手を称えた。
「おそらく今のワイルドナイツは日本代表よりも能力の高いチーム。経験の豊富な選手がたくさんそろっている。その相手に対して、選手たちは自分たちの持っているものを出して80分よくやってくれた。最後まで戦ってくれたことは次に繋がると思う」
予想以上に苦戦したセットプレーについては「強みを出せなかった」と完敗を認めながら「他のゼネラルプレーはそこまで劣っていたとは思っていない」と前を見た。
「私がこのチームに合流して4ヵ月になりますが、みんな、安定した力を出せるチームになってきた中で、先週のダイナボアーズ戦では、初めて自分たちの力を出せないゲームをしてしまった。ああいう状態になって、私にとっても勉強になった。そして今週は、相手がリーグで一番強いチームのワイルドナイツだったけれど、胸を張って80分間戦えた。最後までエナジーを持って戦えたことは前節とは違う。前節はディフェンス面や技術面よりも心の問題があったけれど、今日はそういうことはなかった」
改めて思う。リーグワンの戦いは長く続く。良いも悪いもそれだけが続くものではない。どんな結果が出ようとも、そこでの学びを次の戦いに繋げなければ進歩はない。 それは、前節に戦ったダイナボアーズが教えてくれたことでもある。ダイナボアーズは第5節でワイルドナイツに21-81という大敗を喫しながらそこから学び、立て直し、サンゴリアスをあと一歩まで追いつめ、レヴズを破り、今節は昨季王者スピアーズをも破って見せた。 レヴズが次に戦う相手は昨季、秩父宮のナイターで戦い22-22で引き分けた横浜イーグルスだ。1年前の戦いで激しくぶつかり合いファンの視線を奪ったレヴズのクワッガ・スミス、イーグルスのファフ・デクラーク、それぞれの大黒柱はともに負傷で戦列を離れている。3月9日、大分での戦いは、互いのチームがこの1年間、どれだけ成長したかを証明する戦いなのだ。そこでは、悔しさにまみれたこの日の80分間の経験が、きっと糧となって生きてくる。 強くなろう、ブルーレヴズ。
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。