激しい身体の痛みと引き替えに得た、充実に満ちた笑顔!~大友信彦観戦記 3/2 クラブ創立40周年記念マッチ~
Text by 大友信彦(静岡ブルーレヴズオフィシャルライター)
Photo by 静岡ブルーレヴズ / 谷本 結利(静岡ブルーレヴズ オフィシャルフォトグラファー)/ 甲斐博之
3月2日、リーグワン第8節の埼玉パナソニックワイルドナイツ戦が行われたヤマハスタジアムに、オールドファンが泣いて喜びそうな懐かしい顔が集結した。
静岡ブルーレヴズが前身のそのまた前身、「ヤマハ発動機ラグビー同好会」として産声を上げてから40周年の記念試合、ヤマハ発動機ジュビロOB対ワイルドナイツOB。ヤマハOBに顔を揃えたのは、ワールドカップ3大会出場のSH村田亙さん(56)、2007年ワールドカップのカナダ戦で日本代表の連敗を止める伝説のゴールキックを決めたCTB大西将太郎さん(45)、そして2015年ワールドカップで日本代表の躍進を支えた五郎丸歩・ブルーレヴズCRO(38)ら歴戦のレジェンドたち。
対するワイルドナイツOB(以下三洋)は、両翼にトップリーグ時代に3度のトライ王に輝いた韋駄天・北川智規さん(40)と三宅敬さん(43)、FBにはサンウルブズでも活躍した笹倉康誉さん(35)という強力なバックスリーを組んだのをはじめ、PR川俣直樹さん(38)、LO谷田部洸太郞さん(37)、FL西原忠佑さん(36)ら日本代表でも活躍したヒーローたちが並んだ。
先発15人の平均年齢はヤマハOBの42.9歳に対してワイルドナイツOBは38.7歳。年齢的には若いワイルドナイツに分がありそうだが、リザーブはワイルドナイツがわずか6人に対してヤマハは大量18人! しかも最年少は西内勇二さん、廣川翔也さん、和田源太さんの29歳トリオだ。
「ワイルドナイツOBは若いけれど、ヤマハOBは人数で上回りたい」と企画人兼キャプテンの五郎丸さんが言っていた通りの布陣となった。
リーグワンの公式戦キックオフに先立つこと2時間半、スタジアムに1989年のヒット曲、COMPLEXの「BE MY BABY」が流れる。この日のスタジアムは、ヤマハ発動機ラグビー同好会が産声をあげた1980年代テイストを全面的に採用。場内BGMに80年代のヒットナンバーを流しただけでなく、WEBサイトに掲載したメンバー表では80年代のスポーツ新聞風のフォントとあえて解像度を落とした写真を掲載。レヴニスタ広場に設置された特設ステージ横のドリンクコーナーでは、80年代まで多くのラグビー場でアイコンだった「やかん」で魔法の水ならぬビールをお届けする「やかんビール」も提供された。
そして11時40分、場内実況担当の谷口廣明さんが両チームの先発メンバーをひとりひとり紹介し、名前を呼ばれた選手たちがひとりずつカメラに向かって思い思いのポーズを作って入場するという粋な演出に(これはいい! リーグワンの公式戦でも採用して欲しいなあ…)、早くからかけつけた大勢のレヴズ、ワイルドナイツそれぞれのサポーターから熱い拍手と声援が飛ぶ。この試合の意味が、選手もファンも分かっているんだ……そう思わせる時間だった。
ヤマハの背番号15、このOB戦を企画・準備に尽力したFB五郎丸CROがキックオフを蹴って試合が始まった。磐田名物の強い横風が影響したのか、三洋OBがこれをノックオン。そして組まれたファーストスクラム、いきなり魅せたのが両チーム先発で最年長のレジェンド村田亙さんだった。スクラムから右に動かしたラックからボールを持ち出すと、往年を思い出させる背中が地面と平行になるような低い姿勢でサイドアタック! 監督兼場内解説を務めた清宮監督が「さっそく村田亙が魅せましたね!」と声を弾ませた(何しろ清宮監督と村田さんはともに56歳、同期なのだ!)。
しかし、三洋OBも負けてはいない。ファンのお目当ては、旧トップリーグ時代からリーグワンに至るまでチームの看板だった鉄壁のディフェンスだ。ヤマハOBが次々にボールを出しても、三洋OBの選手たちはトップチームの真剣勝負さながらに面を揃えて前に出るディフェンスを勤勉に反復するのだ。そしてヤマハが12次攻撃までフェイズを重ね、レジェンド大西将太郎さん(45)がボールを持ったところへSO中村雅啓さん(47)がハードタックルを浴びせてターンオーバー。そこから三宅敬さん(43)がカウンターアタックを仕掛け、北川智規さん(40)が右隅に勝負と見せかけて内についたFB笹倉康誉さん(35)へパス。笹倉さんがヤマハDFの隙間を縫ってビッグゲインする! しかしここはヤマハWTB、こちらも日本代表で活躍した冨岡耕児さん(43)がタックル。ラックから出たボールを持ったPR千島和憲さん(35)にヤマハNO8粟田祥平さん(32)がタックルし、PR高木重保さん(48)がジャッカルを決めるのだ! スピードこそ全盛期とはちょっと違ったが、スペースを見つけるセンスと「きわ」のプレーの速さはさすがのクオリティー。トップチームさながらの攻防が続いた。
ゲームが動いたのは5分だ。ヤマハSO、現在早大監督を務める大田尾竜彦さん(42)がハーフウェー手前から、当時はなかった50:22キックにチャレンジ。22m線を超えたところでタッチに出かかるが、三洋は北川智規さんが戻ってタッチ際でボールを確保。ここからのカウンターアタックが見せ場だった。三宅さんから再びパスを受けた北川さんが大きくゲイン。ヤマハは村田亙さんがタックルで止めるが三洋はすぐにボールをリサイクル。ヤマハWTBハビリ・ロッキーさん(43)がハードタックルを見舞うが、三洋はSO中村さんからオフロードパスを受けた笹倉さんがスルリと突破。そこへ猛然とサポートに着いたのが三洋NO8堀越健介さん(43)だった。現役当時さながらのストライドで豪快に突破した堀越さんはそのままゴールラインまで駆け抜けて先制トライ。CTB百武優雅さん(33)がコンバージョンを決め三洋が7点を先制する。
さらに次のキックオフからも三洋が攻めた。キックオフを捕ったFL若松大志さん(45)、さらにLO谷田部洸太郞さん(37) が前進すると、サポートが次々と湧き出て鮮やかなオフロードパスが連続。三宅さん-笹倉さん-百武さんと繋いだパスを受けた堀越さんが再び抜け出す。ヤマハDFもゴール前で2人がかりのタックルで止めるがオフロードパスを受けた百武さんがトライ。中村さんがゴールを決め、三洋OBが14-0とリードを広げた。
ここまでは完全な三洋OBのペース。場内実況解説の三洋OB宮本監督は「練習してなかったからみんな調子が良いんです」と笑い、ヤマハ清宮監督も「ヤマハは練習しすぎてケガをしちゃった選手が多いんです」と苦笑い。OB戦を迎えるホストとして良いプレーをしたいという思いが逆に出てしまったのか…。
しかし、試合はそこから白熱した。三洋の好タッチキックをハーフウェー付近で受けたFB五郎丸さんがクイックスローで入れてカウンターアタック。村田亙さんが得意の左足キックで相手陣22m線に好タッチキックを蹴れば三洋も負けじとクイックスローから北川さんがカウンターアタック。プレーが連続するのは体力的にキツいはずなのに、歴戦のOBたちはあえてそこにチャレンジする。その姿からは、この機会を1秒でも多く楽しみたいという思いが覗いた。
ファンが沸いたのは11分だ。三洋のカウンターアタックをハーフウェー付近で止めた7番(廣川翔也さん(29)?)がジャッカルでPKを獲得すると、ヤマハ清宮監督は場内放送で「ショット!」と指示。距離はやや遠いかと思われたが、ここは福岡レフリーの配慮? でポイントが10m前進。五郎丸さんにとっては射程距離と思われたが……おなじみのルーティンから放たれたキックは僅かに届かず、場内は悲鳴に包まれた。
しかしこれが三洋のキャリーバックと判定され、結果的にはヤマハが相手ゴール前スクラムのチャンスとなる。ヤマハはこのスクラムからNO8【粟田さん】から入ったばかりのSH小池善行さん(44)-五郎丸さん-右WTBハビリ・ロッキーさんとつないで右隅にトライを決めるのだ! しかし、右隅から狙った五郎丸さんのゴールキックはまたも失敗。世界を股にかけて戦った名キッカーも、久々のヤマスタの風には苦しんだ。
前半の戦い15分を終え、ハーフタイムは大型ビジョンで、ヤマハラグビー同好会からヤマハ発動機ジュビロ、そして静岡ブルーレヴズとして歴史を刻んできた毎場面の数々がスライドショーで上映。スタジアムを温かい空気が包んだ。
そして再開された後半、ヤマハOBは関西社会人リーグ時代の「紺に赤線、肩に白」のジャージーにお色直し。それでいて、ピッチにはSO曽我部佳憲さん(39)、前半途中から入っていたトーマス優デーリックデニイさん(38)らフレッシュなメンバーが並んだ。「若さでは相手が上。こっちは人数で勝負」といっていた五郎丸さんの狙いがここから発揮されるか?
はたして、見せ場は再開直後の17分に訪れた。ヤマハOBは曽我部さんの左サイド突破から三洋OB陣内へ攻め込み、正面23mのPKを得ると、選手たちから「ゴロー!」の声。その声に従い、ベンチに下がっていた五郎丸さんが駆け足でピッチへと駆けつける(このへんは入替自由のOB戦特別ルールの醍醐味だ)。だが……自身の現役時代にはなかったキッククロック(PGではショットを意思表示してから60秒以内に蹴らなければいけないルール。今季から導入された)を意識してしまったのか? 五郎丸さんが急いで蹴ったPGはポストを直撃して失敗。場内がため息に包まれた。
ため息タイムはなおも続いた。2分後、ヤマハ発動機OBは再びPGチャンスを得ると、今度は大西将太郎さんがキッカーとして登場。右中間20mの位置からキックを狙うが……これもポストをかすめるようにして失敗。21分にはSO曽我部さんが正面25mの位置からDGを狙うがこれもポストを逸れてしまう。
そして24分、正面22mPKを得た場面で選手の間から出た声は
「タツさぁーん」
ベンチから駆けつけたのはトップリーグ歴代3位、BK最多の通算166試合出場を誇るSO大田尾竜彦さんだ。強風のもとでも動じない落ち着いたフォームから右足をキレイに振り抜き、真正面のPGを成功。これでスコアは8-14。ワンチャンスで逆転できる6点差まで迫った。
そして迎えたラストプレー。再び相手陣でPKを得たヤマハOBは右ゴール前へタッチキック。ここでラインアウトのスロワーを務めたのはサッカーのジュビロ磐田の浜浦幸光社長(54)だ。浜浦社長は関西社会人リーグ時代からトップリーグ初期にかけてヤマハ発動機ジュビロで活躍した元名フッカー。勝負をかけたラインアウト、浜浦社長の放ったボールはNO8粟田さんの手にすっぽり入るとヤマハOBはすぐさまモールを形成。さらに粟田さんが手を挙げてBKに「入れ!」とコールすると、FB五郎丸さん、CTB大西さん、途中からピッチに入っていた最年長のWTB平子正俊さん(62)らBKも次々と参加。13人でモールを押し切り右中間にトライ! 最後、浜浦さんのバインドを受けてインゴールでボールを押さえたのは第6代監督、静岡県社会人リーグから関西社会人Cリーグ、Bリーグへと駆け上がった時代に指揮を執ったPR北川洋さん(61)だった!これで13-14の1点差だ。
舞台は整った。逆転をかけた最後のキックを託されたのはやはり五郎丸さん。入れれば逆転のキックへとボールを立て、2015年ワールドカップで全国にブームを巻き起こした「五郎丸ポーズ」を取る。すると、ゴールラインに並んだワイルドナイツの15人が全員そろって「五郎丸ポーズ」。さらにはヤマハのベンチ前に並んだOBたちも「五郎丸ポーズ」。この試合実現のために各方面に連絡を取り、準備や調整に尽力した仕掛け人へのリスペクトを込め、ピッチに集った全員が、いや、おそらくはスタンドのファンも含めたほぼ全員が「入れてくれ」と願った、それだけにとてつもないプレッシャーがあったに違いないキック。しかし、トップリーグ時代に3度得点王に輝き、トップリーグ通算最多得点記録と日本代表歴代最多得点記録を持つスーパーキッカーの鋼のメンタルはそのプレッシャーにも動じなかった。右足から放たれたキックは鮮やかにHポールの間に吸い込まれた。15-14の逆転勝利。両手を突き上げる五郎丸さんにヤマハOBのチームメイトばかりか対戦相手のワイルドナイツOBたちも駆け寄って祝福し、互いの健闘をたたえ合った。
戦いを終え、ピッチサイドレポーターに変身した大西将太郎さんが、ワイルドナイツの三宅さんにマイクを向ける。
「このような貴重な機会に呼んでいただけたことに感謝します。素晴らしいリーグワンのグラウンドでできてよかったです」
――最後の『五郎丸ポーズ』はどんな思いで?
「とにかく決めてくれ! という私たちの切ない願いで、勝利を献上しました(笑)。楽しかったです!」
続いて、逆転キックを決めた五郎丸CROへ。
――キックはいかがでしたか?
「いやあ、ここまで入らんとはね(笑)。あんだけ練習しといたのに…まあ、最後に入って良かったです」
――五郎丸さんはこの試合の準備に尽力されましたが、成功でしたか?
「このあとトップのチームがメインなので、みなさんこのあとのトップのチームの応援もよろしくお願いします!」
集合写真に収まる選手たちには、足が攣ったのか、ぎくしゃくした歩き方で歩み寄る選手の姿も。おそらくほぼ全員が、激しい筋肉痛と引き替えに得た、充実した笑顔を浮かべていた。両チームのOBたちはこの約2時間後、一緒になって花道を作り、リーグワン公式戦に臨む後輩たちをピッチへ送り出した。その光景には、長年にわたって身体をぶつけあった対戦相手へと、その歴史を受け継いだ現役選手たちへのリスペクトが溢れていた。
大友 信彦(おおとも のぶひこ)
1962年宮城県気仙沼市生まれ。早大第二文学部卒。1985年からフリーランスのスポーツライターとして活動。『東京中日スポーツ』『Number』『ラグビーマガジン』などで取材・執筆。WEBマガジン『RUGBYJapan365』スーパーバイザー。ラグビーは1985年から、ワールドカップは1991年大会から2019年大会まで8大会連続全期間を取材。ヤマハ発動機については創部間もない1990年から全国社会人大会、トップリーグ、リーグワンの静岡ブルーレヴズを通じて取材。ヤマハ発動機ジュビロのレジェンドを紹介した『奇跡のラグビーマン村田亙』『五郎丸歩・不動の魂』の著作がある。主な著書は他に『釜石の夢~被災地でワールドカップを~』『オールブラックスが強い理由』(講談社文庫)、『読むラグビー』(実業之日本社)、『エディー・ジョーンズの日本ラグビー改造戦記』(東邦出版)など。